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巻頭言.癌緩和医療のベストプラクティス
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癌緩和医療における輸液・栄養管理
癌緩和ケアにおける医学的リハビリテーション
癌緩和医療における輸液・栄養管理
藤田保健衛生大学医学部外科・緩和医療学講座
東口 高志/Takashi Higashiguchi
伊藤 彰博/Akihiro Ito
定本 哲郎/Tetsuro Sadamoto
児玉 佳之/Yoshiyuki Kodama
村井 美代/Miyo Murai
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はじめに
 終末期癌患者は,そのほとんどが中等度以上の栄養障害を有しており,症状およびQOL(生活の質)の改善や,時に人間(ヒト)としての生命をつむぐためには適切な栄養管理が不可欠である1)〜3)

 わが国の末期癌患者に対する輸液・栄養管理は,独特の倫理観とターミナルケアの不十分な普及により欧米諸国に大きく遅れをとってきた4)。しかし,わずか7年の間に欧米を凌ぎ1200を超える医療施設に設置されるようになった栄養サポートチーム(Nutrition Support Team;NST)の発展・普及に伴って,これまでタブー視されてきた終末期癌患者に対する輸液・栄養管理が大きく体系づけられるようになり5)6),代謝栄養学的観点から“心にも身体にも優しい緩和ケア”を実践することが可能となってきた2)7)

 そこで本稿では,最近の代謝学的見解に基づいた終末期癌患者に対する輸液・栄養管理について述べる。

末期癌患者の栄養障害
 末期癌患者にはさまざまな代謝・栄養学的な異常が存在し,それらが互いに複雑にからみあって,末期癌特有の病状や症状を発現している8)〜11)

A. 病態に基づく栄養障害

 @悪液質(癌の進展により不可逆性の代謝障害を起こし,制御不能の全身浮腫や腹水,胸水などをきたす),A消化管閉塞・狭窄(経口摂取や経腸栄養の実施が困難),B消化管出血(吐血・下血と貧血による食欲低下),C脳腫瘍・脳転移による悪心・嘔吐(脳圧亢進症状による),D骨転移による高カルシウム血症(悪心・嘔吐,食欲不振をきたす),E多発転移による臓器障害(とくに肝不全や腎不全は著しい栄養障害を惹起する)などがある1)2)8)

B. 不適切な栄養管理による栄養障害(医原性栄養障害)

 これは終末期であるがゆえに栄養管理が疎かになる場合や,患者本人あるいは家族が拒否をしたことに起因するものであり,@エネルギー不足(負の累積エネルギーバランスが大きくなる),A蛋白・アミノ酸欠乏(とくに必須アミノ酸不足),B脂肪欠乏(とくに必須脂肪酸不足),C水分・電解質異常,Dビタミン・微量元素欠乏などがある1)2)8)

栄養管理の原則
 一般的に疾病を有する患者の栄養管理の原則は,“できる限り経口・経腸栄養を行い,やむを得ない場合のみ経静脈栄養を実施する”ことである。ここでいうやむを得ない場合とは,消化管の閉塞をはじめとする疾病や病態に伴う経静脈栄養の絶対的適応のことである。また,本来は経口・経腸栄養で管理することが望ましいがそれのみでは不十分であるか,あるいは不都合が生じる場合を相対的適応としている。

 末期癌患者といえどもこの栄養管理の原則に基づいて管理を進めることが基本となる。しかし,実際には患者・家族の要望も含めて“できるだけ経口栄養(経鼻胃管による経腸栄養は時に患者に苦痛をもたらすことがあるため)で行い,輸液はあくまで補助的手段である”が原則となる8)10)

 最近では皮下埋没型中心静脈栄養ポートや経皮的内視鏡下胃瘻造設(PEG)などを駆使して苦痛や症状の軽減を図りつつ,精神と身体の状況改善を目的とした患者中心の栄養管理も実践されている。

癌終末期の代謝動態
 これまで癌患者の最終的な病状である悪液質に陥ると,代謝が著しく亢進し極度の栄養障害をきたして最期のときを迎えるものと考えられてきた9)。しかし,終末期になると代謝・栄養障害に起因する免疫能の低下によって,癌自体ではなく感染症が直接的な死因となることが多く,悪液質併発時のエネルギー代謝動態を正確に評価することが困難であった。

 これに対してNSTによる適正栄養管理の実践が浸透すると,終末期癌患者の肺炎をはじめとする種々の感染や多発する褥瘡などの他疾患の合併が減少し,純粋に癌による死亡症例が増加した。そこで定期的に間接熱量計を用いて終末期癌患者の代謝動態を検索した結果,臨床的な悪液質の出現時期とほぼ一致してエネルギー消費量が減少することが明らかとなった7)。すなわち,この瞬間こそがギアチェンジを全面的に実施すべき時期であることが明確となり,代謝動態の制御が容易となったことから全身症状の発現や増悪に対して比較的精度の高い抑制対応が可能となった(図17)

図1
エネルギー消費量と癌の進展−藤田保健衛生大学外科・緩和医療学講座−

輸液・栄養管理法
 そこでこのエネルギー消費量に関する成績に基づき,さらにグローバルスタンダードな輸液・栄養療法の基本を踏まえつつ,悪液質の有無によって大きくギアチェンジを行う「末期癌患者に対する輸液・栄養管理実施基準」(表12)を設定した2)7)8)

 一般に悪液質とは,癌の進展に伴う著しい代謝異常と制御困難な体液過剰状態をさすが,ここではエネルギー消費量が減じるタイミングをもっとも反映した臨床症状,すなわち「癌進展による高度全身衰弱あるいはコントロール不能な腹水,胸水,全身浮腫の発生」を重視して,この時期を悪液質併発と定義した7)8)

 この輸液・栄養管理実施基準では,臨床的な悪液質併発の有無に応じて大きく栄養管理法をギアチェンジすることにより,常に患者の代謝動態に対応した輸液・栄養管理が可能となった。すなわち,癌の進展に対応して悪液質の併発までは,一般の症例と同様に過不足のないエネルギーや各種栄養素の投与がなされ,いったん悪液質が臨床的に明確になったならば,一気にギアチェンジすることによって細胞や各組織レベルでの過剰な水分やエネルギーなどの投与を抑制でき,残されたわずかな身体機能に対する負荷を制御できるもの思われる。

表1
末期癌患者の輸液・栄養管理−悪液質を伴わない症例−
表2
末期癌患者の輸液・栄養管理−悪液質を伴う症例−

おわりに
 WHO(世界保健機関)は,末期癌患者に対して積極的で全人的なケアが必要であり,患者・家族にとってできる限り最高のQOLを実現することを目標とすることを提唱している。すなわち,単なる延命のための輸液療法ではなく,病態の変化に応じた代謝栄養学的な観点から適切な輸液・栄養管理の実践が可能であれば,QOLの改善や意義のある延命につながるものと考えられる。わずかな栄養障害があるだけでも感情や意識,意欲の喪失をきたしやすく,また中等度以上の障害になると身体的にも筋蛋白や腸管粘膜の萎縮,また免疫能の低下による感染症など種々の疾患併発を惹起することになる。したがって,終末期癌患者に対する輸液・栄養管理は,代謝栄養学的観点からみた“心にも身体にも優しい緩和ケア”の実践に他ならず,患者の尊い命と精神を最後の最後まで守り続けるための大切なツールのひとつである。

 
●文献
1) 東口高志:高齢者と終末期患者に対する栄養管理.病院65:146 〜 51,2006.
2) 東口高志:実践!がん患者の栄養管理と疼痛管理.癌の臨床 53,199 〜 209,2007.
3) 東口高志:NST(Nutrition Support Team)の役割.日外会誌 105:206〜12,2004.
4) August D,et al(ASPEN Board of Directors and the Clinical Guidelines Task Force):Guidelines for the use of parenteral and enteral nutrition in adult and pediatric patients.J Parenter Enteral Nutri(JPEN) 26,2002.
5) 東口高志:わが国におけるNSTの現状と未来.日消病会誌 104:1691 〜 7,2007.
6) 東口高志,他:がん患者に対するNSTとの連携について.緩和医療学 8:51〜7,2006.
7) 東口高志,他:全身症状に対する緩和ケア.外科治療  96:934 〜 41,2007.
8) 東口高志,他:末期癌患者の輸液療法.日医師会誌 132:61〜4,2004.
9) Strassmann G,et al:Evidence for the involvement of interleukin 6 in experimental cancer cachexia.J Clin Invest 89:1681 〜 4,1992.
10) 森田達也:終末期がん患者に対する輸液療法;身体症状への影響.緩和医療学 6(2):34 〜 43,2004.
11) 田村洋一郎,他:緩和医療における輸液療法の意義と妥当性.緩和医療学 6(2):11〜 8,2004.


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